明日香

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「よし、そろそろディナーの準備をするかぁ」 店長が腰をあげて、キッチンへ向かっていった。その姿を見て、僕も一緒についていく。時計は午後四時を指していた。 フロアの客はまだまばらだったが、キッチンには来る戦争に向けて準備しておくべき仕事がたくさんある。 食品の解凍や補充、キッチンの環境整備、フライヤーの油の交換などなど。 そんな仕事はとてもディナーのラッシュ中にできるはずもない。備えは、し過ぎるくらいがちょうどいい。 午後六時過ぎ。 ぽつぽつと来客が目立ち始めていた。いよいよ戦争の始まりだ。ランチの時と同様にオーダーに追われる。まだぎこちない動作ではあるものの、ミスのないように黙々と作業を繰り返していた。 仕事が終わり、家に帰ってきたのは午後十時を少し回ったころだった。 シフトの紙面上では午前十時から午後八時までの勤務になってはいるものの、それはあくまでも単なる目安でしかない。 普通のサラリーマンと比べて、朝の出社時間が遅いのは、低血圧の僕にとってうれしいことだけど、帰宅時間は自分で決めることはできない。 僕の帰宅時間は専ら客の都合に左右される。特に四月の始めころは、店の付近にある大学や会社の歓迎式の二次会で利用されることが多く、ラッシュの時間帯以外に思わぬ団体客に遭遇することが少なくない。 もちろん、会社のデータである程度の来客予測はあるにしても、個々人の事情にまで立ち入っているものではなかった。 だから、突発的な来客に対しては、シフト云々は完全に無視され、その対応に追われることになる。
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