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「ただいま、さくら」
僕は部屋の明かりを点けると、テレビの電源をオンにするよりも早くテーブルの上のきみの写真に向かって話しかけた。
「おかえり、幸輝。今日もおつかれさま」
きみは変わらぬ笑顔でいつも答えてくれた。僕は写真のきみの顔を人差し指で軽くなでた。
荷物の整理もまだ中途半端で、必要最低限の家具類を出しただけの、未開封の段ボールが目立つ殺風景なワンルームに、きみを連想するための補助になる物品が映えていた。
テーブルの上のきみの写真、僕がきみに渡した桜の柄のペンダント、僕がきみに渡せなかった中学校の卒業アルバム、きみの日記帳。
どれもきみのにおいがあふれだす品々だ。
僕は自分の必要なものよりも先に、それらだけは外に出しておこうと心に決めていた。きみをいつまでも段ボールの狭い空間に閉じこめたままにしておくのは気が引けた。
「ごめん、今日も遅くなっちゃって」
「ううん、全然気にしてない。毎日ご苦労さま」
僕はコンビニで買ってきた弁当やアルコールを手に取り、煙草をふかしながら、今日あったできごとをきみに話す。
仕事のことや店長の話や今月からの新メニューの評判のこと。
これが僕の日課だ。
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