序章 グラッとする

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「小見川さんが帰ってくると聞いて、駆けつけて来ましたよ」 「太陽くん、陽向ちゃん、久しぶりね」 健蔵さんに続いて、奥さんの雪江さんが声を上げる。 「お久しぶりです!」 私と太陽が同時に声を上げると、雪江さんはあらあらと口に手をあて、変わってないわね、と笑った。 その笑顔は5年前と何ら変わらず、とても美人でおおらかだった。 この人だけはどうしてもおばさんと呼べずに、ずっと「雪江さん」と呼んでいる。 おばさんでいいわよ、と言われる度に雪江さんの顔を凝視したが、どう考えてもおばさんと呼べるようなお顔立ちではない。 そんな美人さんの子どもはどれだけ可愛いのかと聞かれれば、私はすぐにこう答えるだろう。 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。 つまり、絶世の美少女だと。 その名もー 「陽向!」 つと遠くから、懐かしい声が聞こえた。 私は思わずドキッとし、声のした方へ振り返る。 そこには、黒くて長い艶やかな髪をなびかせながら、私に向かって手を振る少女の姿があった。 私は目を見開いた。 「空!」 その少女は確かに、空だ。 5年も経ってかなり大人びているが、雰囲気はなにも変わっていない。 空はバタバタと足音を立て、私の前で膝に手をつき立ち止まった。 「陽向、会いたかった!」 その勢いのまま私に抱きつこうとしたが、自分の服装を見て急に動きを止める。 桃色の薄手のTシャツに、首にかけられた白いタオル。 青地に花柄のもんぺを七分丈までまくりあげ、おまけに泥や土まみれになった長靴を履いていた。 どうやら畑仕事を抜け出して来たらしく、その姿はまさに農作業中であった。 そんな泥んこで抱きつくのは申し訳ないと思ったのか、空は苦笑いを浮かべる。
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