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カウント0ボール1ストライクからの2球目。
五十嵐からのサインは外に大きく外すボール球。
桐生は「慎重だなぁ」とは思ったが、今度は甘くならないよう大きく外にボールを外した。
乾いたミットの音がマウンドにまで届いた。五十嵐は、それで良いといった様子で小刻みに二度、頷くと桐生にボールを投げ返した。
赤峰スタンドでは、中牟田のヒッティングマーチであろうアフリカンシンフォニーが鳴り響いていた。
3球目、五十嵐が選択したのは肩口をかすめるカーブであった。
桐生のカーブは細分すればドロップに属するもので、現代野球では珍しい縦に大きく割れるカーブである。
肩口から入るカーブは相手打者から見れば、自分の身体へと向かってきた球に急激にブレーキが掛かり、インコースいっぱいを通過するという軌道を描く。
早い話が、当たると思ったボールが自分を避けるように曲がってストライクゾーンに決まるといった寸法だ。
桐生はストレートが速いうえにコントロールも荒かったため、特にこの球が有効で、大抵のバッターはストレートのすっぽ抜けだと思い腰を引いてのけ反った。
この球で腰を引かせて、踏み込めなくなったところにアウトハイに直球を投げれば相手のバットが面白い様に回った。
この配球こそが、桐生と五十嵐の勝負時での攻め方であり、今大会で自らを主戦投手へと押し上げた切り札であった。
桐生は中牟田に悟られないように素早くグラブの中でボールを転がし、人差し指と中指、そして親指を縫い目にかけた。
「大丈夫だ。落ち着け」
ぶつぶつと呟き、己に暗示をかける。
深く息を吸い、中指でボールを切るように投げ込んだ。
と、リリースの瞬間、突然、2塁ランナーがスタートを切った。
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