217人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああ? おいおい、女房役の言うことは聞くもんだ。熱くなりすぎるな。あれだけのワンバンの後で、しかもランナーは3塁。〝まさかカーブは投げないだろう〟真っ直ぐに狙いを絞っているバッターのそのまさかを突くんだよ。それとも何か? お前は俺が後ろに逸らしちまうとでも思ってるのか?」
五十嵐が怒ったようにミットで桐生の胸を小突いた。
「俺は至って冷静だよ。自分でも怖いくらいにな。俺の真っ直ぐはあいつには打たれねえよ。それにカーブが抜けることの方が俺は怖え。カーブがすっぽ抜けることと真っ直ぐが痛打されること、2つのリスクを天秤に掛けてみろ。いいか?俺はお前が何のサインを出そうが真っ直ぐしか投げない。それが俺の武器なんだよ」
嘘だ。五十嵐は直感的に悟った。
相手の雰囲気に飲まれ、投手としての本能が剥き出しになり、直球勝負しか考えられなくなっているのだと思った。
だからこそ、彼は迷った。
桐生の闘争本能に従うか主張を曲げさせてまでカーブを放らせるのか。
2人はにらみ合ったまま、譲らなかった。
「君たち、あんまり長いと遅延行為と取るよ」
主審が2人に近づいて来た。
高校野球は、こういった遅延行為と疑われることに関してはシビアなのである。
そこが共興のプロ野球との違いであった。
最初のコメントを投稿しよう!