3人が本棚に入れています
本棚に追加
爪の攻撃を棍で受けることなく飛び上がってかわし、住宅のベランダの柵に捕まり狙いを定める。風が吹き、前髪を揺らした。
隙は一瞬、奴が止まった時だ。攻撃を外したと気づいた時、もう一度手に持っていた小石を上から落とし、奴の気を引いた瞬間飛び下りながらその背に棍を突き刺す。棍は深々と突き刺さり、黒い血しぶきが顔にかかった。
即座に棍を引き抜くと狼の頭部に叩きつける。意識がもうろうとするなか猛り狂う狼には少しあったはずの理性も残っていないのだろう。飛びかかってきた狼の胴を薙ぐ。それは簡単に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
狼の息の根が止まったその時だ。黒い煙が少女に襲いかかるように狼から飛び出す。
「危ない!」
彼女と煙の間に割って入る。煙は俺の体に吸い込まれるようにして消えていく。体は動くし、特に害はなさそうだが……気持ちのいいものではない。
「大丈夫?」
俺がそう尋ねると、少女は慌てて「あ、貴方こそ大丈夫ですか!? イリーガルの瘴気を体に取り込むなんて!」と叫ぶ。
「イリーガルって、さっきの?」
少女は訝しげにこちらを見つめ、「もしかして貴方……記憶喪失なんですか?」と問いかけてくる。もしかして、と言われてもはいそうです、と答えるしかない。
「うーん、自分の名前すら思い出せなくて困ってるところなんだよねー。さ……? あれ、レだっけ? まあこれは後でいいや。君、鏡とか持ってない?」
俺の要求に、彼女は腰のポーチからかわいらしい桃色の手鏡を出してすぐに渡してくれる。
そこに映った自分の顔にもやはり見覚えはない。癖のある白い髪。澄んだ蒼い瞳。頬に黒い血がついているのはさっきの狼のだろう。それを拭き取ろうとして、自分の白いコートの袖でゴシゴシとこする。
最初のコメントを投稿しよう!