1 case study さやかちゃんの場合

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 中を見るように促されて、恐る恐る、さやかちゃんはページをめくった。 「いろんな絵が描かれてたんですけど、ほとんどは私にそっくりな女の子の絵でした」   ええっ! 驚きの展開だよ。でもそっくりって? どういうこと? 「さやかちゃんの絵じゃなくて?」 「日付が何年も前でしたからあり得ません。でも何冊も何冊もあるので、誰か私に似た人がいるんだと思ったんですけど」 うーん。謎だなあ。と考えこんでいると、さやかちゃんが続けた。 「『僕のミューズなんだ』って言ってました」 ミューズ? ギリシャ神話に出てくる芸術の女神だよね? 才能ある芸術家のそばにきて、祝福してくれる。私は恐る恐る、さやかちゃんに尋ねた。 「その人って実在するの?」   さやかちゃんはにっこり答えた。 「実在しません。直ちゃんの創造の産物です」   ええ? よくわからなくなってきた。私が困惑していると、麻衣子がにんまりして言った。 「頭の中だけの理想の女が現れて混乱したあげく、手に入るはずないと思っちゃってたのね?」 「要約するとそうかもしれません」 さやかちゃんによると、直ちゃんは仕事でアイディアが煮詰まったり、イマジネーションがわかない時は、ひたすらに絵を描くそうだ。なかでもミューズを描くとすっきりするらしい。仕事仲間にも認識されていて、女の子の絵を描いている時に誰かが、 「それ、山内さんのミューズですよね」   と言ったことから、絵の中の女の子はミューズと呼ばれていた。「あ、山内さん、今ミューズ書いてるからほっとこう」みたいな感じで、「ミューズ待ち」なんて言葉が横行していたらしい。 だから、さやかちゃんに初めて会った時ものすごく動揺したんだって。しかも連絡先まで尋ねられたのだから驚いた。 .
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