3 case study 麻衣子の場合

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マーヴィン・ゲイが終って、他の曲が流れ始めた頃、ようやく遼一君が口を利けるようになった。 「あの、僕、お客様とは個人的にそういう関係にはなれませんし、それに彼女もいるので、それはちょっと」   麻衣子は一瞬眉間にぎゅっとシワを寄せてから、艶やかに微笑んだ。 「ありきたりで、陳腐な断り文句だけど、まあいいわ。たまには深草少将になるのも粋よね」   ようやく時間が動きだした私も口をはさんだ。 「麻衣子、深草少将って小野小町の元に百夜通う約束して、九十九日目に死んじゃった人のことだよね? 一体どういう意味?」   麻衣子は今度は腹黒い笑みを私に向けた。あれほどの企みを含んだ微笑は、最初で最後だった。 「あら、百合江ちゃん、大丈夫よ。百日もかからないから。それに私は死んだりしないわよ。テルさん、私には毎晩キールを一杯出して頂戴」 「そりゃあ麻衣子は殺したって死なないだろうけどさあ」 こうして、麻衣子の百夜通い? が始まった。遼一君のバイトの日に毎晩一人でUNITEに来たのだ。私がいた日もあるけど。 毎晩来ても、遼一君に話しかけるわけでもなく、ただ、キールを一杯飲み干す時間、唇の端をわずかにあげた微笑を浮かべて遼一君に視線を這わすだけ。あのお付き合い発言は常連さんたちの間でも、噂になり、誰もあえて麻衣子には話しかけない。 でも多分、彼らは遼一君が麻衣子と付き合うか否か絶対ベットしてたと思うけど。大人はそういう悪ふざけが好きなものだ。 .
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