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「石崎くん。そういえば一つ気になることがあるんだけど」
「なんですか?」
「石崎くん、アリシア・キーズ好きなの?」
「好きですよ。ここ一番かもしれない。俺、R&B好きですから。いくら何でも自分が好きじゃないもののチケットを取って誘ったりしませんよ」
そっか。それを聞いてなんとなく安心した。
「安西さんは特にどの曲が好きですか?」
「If I Ain't Got You……」
私がそう言うなり石崎くんは声をあげて笑った。
「恋愛感情全否定発言した人とは思えないですね」
うっ。まあ笑われても仕方ないよ。ベタベタのラブバラードだもんね。
「人間は常に矛盾を抱えてるんだから、いいの!」
それから、お互いに色々と他愛のない話をして、お腹も満たすと、居酒屋を出て、タクシーに乗り込んだ。
「俺も麻布なんで、一緒に帰るときは便利ですね?」
そうなのだ。社員の住所はだいたい把握しているのだけれど、石崎くんのマンションはうちのマンションからかなり近いと思う。多分徒歩五分くらいしかかからないんじゃないかな?
「あはは。そうだね」
私のマンションにつくと、石崎くんは一緒にタクシーを降りて支払いをすませた。
「ここからは歩いて帰れますし、部屋まで送らせてください」
断る理由もないので、一緒にエレベーターに乗り、部屋の前まで来た。
「ここなんだ」
そう言って鍵を出そうとすると石崎くんに突然抱きしめられた。そして彼は素早く私の頭に指を滑り込ませ、顔を上に向けさせると、私の下唇を舐めた。
突然すぎる不意打ちに、私が言葉さえ失っていると、石崎くんは黒い微笑で私を見つめてから、耳元でこう囁いた。
「百合江」
「え?」
「百合江。勤務時間外は名前で呼べ」
耳元で囁かれ、体中がゾワリと泡立つ。
私が石崎くんの腕の中で凍りついていると、石崎くんは私の様子を見てにっこり微笑んでから、また耳元で、
「おやすみ」
と囁いて、ペロリと耳を舐めると一人でエレベーターに乗り込んだ。彼の背中を見送って、私はドアを開ける事も中々できずに固まっていた。
私、とんでもない人と付き合うことになったのか?
しかも、不覚にも、ちょっとときめいちゃったかも? 私は唸りながら、自分の部屋に入った。
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