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麻衣子がクスリと笑った。
「『銀英伝』って、さやかちゃんの初恋の人がでてるヤツでしょ?」
「初恋の人?」
健吾が訝しい顔になる。
「ああ。架空の人物なんだけどね」
以前、会社の女子メンバーで、ありがちなガールズトークのお題『初恋の人』について話していた所、さやかちゃんは、迷いなく、この『銀英伝』こと『銀河英雄伝説』の主役の一人だと言い放ち、みんなさやかちゃんのオタク振りは知っていたけれども、微妙な空気が流れていた。
そんなことを健吾に説明していると、麻衣子が首を傾げた。
「そういえば、あの時百合江ちゃんだけ話してなかったわねえ?」
麻衣子。何も健吾がいる前でわざわざ蒸し返すような話じゃないと思うんだけど。私はその話は避けたくて、麻衣子の空いてるグラスを指差した。
「麻衣子、次何頼むの?」
「遼一。キールを頂戴」
遼一君はとびっきりの笑顔で返事をした。遼一君は今でも、麻衣子がキールをオーダーすると、麻衣子の『百夜通い』の時のことが思い出されてすごく嬉しいんだって。
いつまで経ってもお熱いようですな。
今日はイブなので、いつもはだいたい一人で来る常連さんも、パートナー同伴で来ている人が多い。店内はいつもとは少し違った雰囲気になる。私が二杯目を頼もうと思っていたら、入り口から、山さんがやってきた。
「よっ! 百合江ちゃん。ああそうか。今日は麻衣子ちゃんも一緒か」
山さんの後ろから、香さんが現れた。
「久しぶりねえ。百合江ちゃん。麻衣子ちゃん」
香さんは山さんの奥さんだ。毎年この日に山さんが連れて来る。
そして、この日だけは山さんはカウンターには座らず二人でテーブル席へ行く。特別な日なのだ。
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