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「行こっか?」
「ええ」
返事をすると、石崎くんは本当にさりげなく私と手を繋いだ。
「ち、ちょっと石崎くん?」
「いいじゃないですか。仮にもデートですから」
石崎くんは黒い微笑を浮かべた。
会場に入っても自分たちの席を見つけても、手を離してくれない。
「あっ、あのさあ石崎くん!」
「いいじゃないですか別に。とって喰うわけじゃないですし。本当はとって喰いたいですけど」
いいや。もう。
こんなやりとりをしているうちに、開演時間になった。ライブは最高だった。アリシア・キーズのパワフルなのに繊細な歌声が、染み渡る。鼓膜の震えが心にも綺麗に移動した。涙が出そうになった。アンコールが終わって、放心状態になっていると、石崎くんが繋いでいる私の手のひらに自分の親指でそっと円を描いた。肌がゾクリと泡立つ。その感触にはっとした!
「石崎くん!」
「手を繋いでるだけですから」
石崎君は、眉一つ動かさず、しれっとして言う。
何だか、一方的に石崎くんのペースに飲み込まれてないか? うーん。考え込んでいると、石崎くんが手を引いた。
「そろそろ出ましょうか。何食べたいですか?」
「日本酒」
「はい?」
「日本酒が飲みたい。焼き鳥がいいな」
「いいですよ。」
私たちはライブ会場を出て、夜の有楽町をブラブラ歩いて適当な気取った雰囲気は一切ない居酒屋に入った。
赤提灯最高。
周囲は、会社帰りのサラリーマンばかりだ。私たちも仕事帰りそのままの格好だから、同僚にしか見えないだろう。
久保田を飲みながら、体が温まるのを感じていると、石崎君の視線にぶつかった。
そろそろ確信に迫る会話をしなければなあ。とあれこれ考えていると、石崎くんは、くつくつ笑った。
「断り文句の切り札は揃いましたか?」
うっ。なんで分かったんだろ?
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