僕の彼女の僕の世界

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 僕はその光景を見ている。  そこにいる人間は一人。レースやフリルがふんだんにあしらわれたドレスは白。長い髪を二束の三つ編みにしている少女だ。少女の服はところどころ赤黒く染まっている。  少女のヒステリックな笑い声が絶え間なく続く。  僕はそれをクラシック音楽でも聴いているかのように心地よく感じる。  しかし僕は微笑もうとしても顔が無い。ここにあるのは僕の視界、目だけなのだ。  少女は持ち手の部分がピンク色の大きなはさみを右手に握っている。その刃はやはり赤黒く加工されている。  彼女がいるのは自室のベッドの上。  照明は落とされていて暗く、半開きのレースがついたカーテンの隙間から漏れる街灯の明かりが、ぼんやりと少女趣味の部屋の内部を照らすのみだ。  僕は知っている。  彼女は外見の印象どおり、甘いものが好きで、かわいらしい衣服が好きで、そして動物のぬいぐるみが好きだ。特にベッドの隅にある大きな猫は大のお気に入り。  しかし今、ベッドの上には暗闇では黒っぽく見える染みが広がっており、隅にある猫のぬいぐるみにもそれが飛び散っていた。それなのに少女にそれを気にするような様子は無い。  少女が見ているのは、人形だ。  動物のぬいぐるみがあちこちに飾られた部屋の中、その人形は明らかに異質な存在だった。  しかし僕は知っている。  彼女はそれを欲していた。他の何もかもを捨て去ってもいいと思うほどに欲していた。  人形は男の子供。  いわゆる操り人形というやつで、子供服を着せられた背中には動かすための糸なんかが収納されている。  しかし今その糸は切断されてベッドの端に放置されていた。糸の切断面からは滴のように赤い液体が絶え間なく垂れて、その先の床に水溜りを作っている。  人形は行儀良く座っている。関節などもあるのでなかなか動かないようにするのが難しいのだが、人形は少女の前に座り、そして真っ黒な目で彼女を見上げていた。 『……まえ……す』  人形の切れ目のある口が動き、声を発する。少女がけたたましく笑い声を上げるので、僕にはそれが聞き取れない。
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