8人が本棚に入れています
本棚に追加
他人には見えないものが見えるらしい。
しかしそれはいわゆる幽霊などではなく、真っ黒な穴だ。
その穴を最初に見たのは小学校二年生のとき。はっきりと覚えている。
私はその頃は土にまみれて遊ぶのが好きな普通の少年で、何が起きたのかはわからなかった。
ただ、父親の表情が暗いことが多くなっていたことだけはわかっていた。
ある日、友人達と公園で遊んだ帰りに洋風建築の我が家の窓から、中にいる父親と、そのすぐ前にある真っ黒な穴を見た。
そのとき私には、父が浮いたような気がした。
そして穴に呑み込まれて父は消えた。
意味のわからない光景。しかしそのとき私はとにかく父のもとへと急いだ。
玄関を抜け、廊下を駆け、一階にある父の寝室に飛び込むと、そこにはロープで首を繋がれて揺れる父の姿があった。
それが私が穴を見た、その最初だった。
穴はどこにでも現れる。
駅のプラットホーム、林の脇道、道路の真ん中や階段の踊り場。
しかし穴が現れるのには条件が要る。
必ずその近くに人がいなければならない。
その理由は単純。穴はその人物が自ら入るために現れるのだ。
だからその人が穴に入ると、穴は消える。
入った人間は、大抵は死んでしまう。しかし必ずそうなるわけではないようだ。
夢から覚めたように穴から生還した人間も、私は見たことがある。
しかし、見えたところで意味はない。穴に入るのはおそらくその人物自身が望んでのことだ。止めるすべはない。
だから私は穴のことは誰にも話すことはなく、見かけても特に何もせず、この歳まで生きてきた。
最初のコメントを投稿しよう!