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たまたまその時、付き合っていた彼女と、
6階の男子トイレに呼び出されたので、暇潰し程度に行った時、
「先約、あるみたい」と言われ、
誰も居ないからというロッカールームで、
彼女と共に二人きりの時間を過ごした。
隣から聞こえる話し声に、思わず耳を澄ましたのは、
それが佐藤の声だと気づいたからだ。
「....…結婚するんでしょ?」
佐藤が強い口調で告げる。
「舞、俺は君を今も愛してる」
オトコが愛を囁いた。
「何言ってるの? 彼女はどうするの?」
「ちゃんと話して別れるから。だから舞。もう一度やり直そう」
「出来ない。
もう...会いたくないって言ったのに、なんで?」
「君を失いたくないんだ....」
「ごめん....無理だよ。彼女とお幸せに...」
化粧室の冷たいタイルの上を、
カツカツとヒールの小気味良い音が響いた。
「舞!」
と男が、低い声色で佐藤の名を叫んだ。
途端に、何かが壁にぶつかる鈍い音がした。
「いや! 離して!!」
「止めて!!」
「や!」
「いやーーー」
徐々に悲痛になる佐藤の叫びが、壁越しに響く。
ドタバタと激しく争う音に、
流石に俺の彼女も抱きつくことをやめた。
「ねえ、やばくない?」
と、青い顔をして、俺の顔を見た。
助けに行くべきか、迷った。
佐藤は修羅場を目撃した同僚に対して、
この先も、今まで通り笑っていられるだろうか?
悩んだ末、
思いっきりトイレ側の壁を蹴った。
途端に、向こう側の音が止まる。
「アーー。
もうこんなじかーーーん。
休憩終っちゃうーーー」
合いの手を彼女が入れたので、
わざとらしく溜め息をついて、
ガタガタとロッカーを揺さぶり、大きな音を出した。
ドアを駆け出て
廊下をヒールの足音が響き渡り、遠ざかっていった。
そして、また世界は無音へと変わった。
暫くした後、男子トイレから、男の人影が現れた。
男は、何食わぬ顔をして非常階段を下りていった。
その顔は、
俺に可愛い大学生の彼女の写メを見せてくれた男、
阿部だった。
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