kiss19 -笑顔の仮面-前半

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たまたまその時、付き合っていた彼女と、 6階の男子トイレに呼び出されたので、暇潰し程度に行った時、 「先約、あるみたい」と言われ、 誰も居ないからというロッカールームで、 彼女と共に二人きりの時間を過ごした。 隣から聞こえる話し声に、思わず耳を澄ましたのは、 それが佐藤の声だと気づいたからだ。 「....…結婚するんでしょ?」 佐藤が強い口調で告げる。 「舞、俺は君を今も愛してる」 オトコが愛を囁いた。 「何言ってるの? 彼女はどうするの?」 「ちゃんと話して別れるから。だから舞。もう一度やり直そう」 「出来ない。 もう...会いたくないって言ったのに、なんで?」 「君を失いたくないんだ....」 「ごめん....無理だよ。彼女とお幸せに...」 化粧室の冷たいタイルの上を、 カツカツとヒールの小気味良い音が響いた。 「舞!」 と男が、低い声色で佐藤の名を叫んだ。 途端に、何かが壁にぶつかる鈍い音がした。 「いや! 離して!!」 「止めて!!」 「や!」 「いやーーー」 徐々に悲痛になる佐藤の叫びが、壁越しに響く。 ドタバタと激しく争う音に、 流石に俺の彼女も抱きつくことをやめた。 「ねえ、やばくない?」 と、青い顔をして、俺の顔を見た。 助けに行くべきか、迷った。 佐藤は修羅場を目撃した同僚に対して、 この先も、今まで通り笑っていられるだろうか? 悩んだ末、 思いっきりトイレ側の壁を蹴った。 途端に、向こう側の音が止まる。 「アーー。 もうこんなじかーーーん。 休憩終っちゃうーーー」 合いの手を彼女が入れたので、 わざとらしく溜め息をついて、 ガタガタとロッカーを揺さぶり、大きな音を出した。 ドアを駆け出て 廊下をヒールの足音が響き渡り、遠ざかっていった。 そして、また世界は無音へと変わった。 暫くした後、男子トイレから、男の人影が現れた。 男は、何食わぬ顔をして非常階段を下りていった。 その顔は、 俺に可愛い大学生の彼女の写メを見せてくれた男、 阿部だった。
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