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鼻歌を陽気に歌いながら、
時たま欠伸をする佐藤が、
クリアファイルの束を持ち、
スタックされたコピーをファイルに入れていた。
「あれ? 小栗?」
と、先に尋ねたのは佐藤。
「なにやってんの?」と、佐藤へ愚問を投げかけた。
「ああ、明日出す書類。ちょっと、今日中に終らなくってね」
舌を出して、佐藤は照れくさそうに笑う。
「何で一人でやってんだよ?」
コピー機がある事務所の奥まで、俺は進んだ。
「あ、うん」
「皆元さんは? 事務の仕事は、一緒にやる仕事じゃないの?」
つい、問い詰める口調で質問を投げかける。
「デートだから、私が引き受けたんだけど....」
当然の如くといった調子で、ありえない理由を佐藤は告げる。
「何だそれ、デートだとかいう、しょうもない理由で、人に仕事を押し付けたの?」
「大事だよ、女の子にとってデートは一大事です」
と、皆元さんを肯定したが、
俺は納得出来なかった。
「仕事は仕事、これで給料貰ってるって自覚あるのかな? 彼女」
コピー機から出てくる書類を手に、俺が呟くと、
「優先順位が変わる時もあるんだよ」
と、何故か説き伏せるように佐藤は言った。
なんだか俺のほうが、子供の我侭を言っている気分になる。
「佐藤だって、彼氏いるだろ?」
今も続いているのか判らない、阿部との二人の関係を、確認がてら尋ねた。
「....…いないよ」
そう呟いた佐藤は、いつも見せる笑顔とは異なり、
何処か大人びていて、
何故かその表情を色っぽいなどと感じる。
そう思った途端、
誰も居ないオフィスで二人きりであるという事実が、
自分の気持ちをやけに盛り上げ始めた。
だからといって、佐藤は同僚であって、
女として意識したわけじゃない。
ただ、時折コイツは、
普段の笑顔には見せない部分があって、
自ら人が避けて通ろうとすることを、
何故だか抱え込んでしまう、
超のつくお調子者の馬鹿だということが判明した。
そんな馬鹿が一人で抱え込んでいる仕事量は、
多分、相当の仕事能力を持っている奴だとしても、
簡単に終る量じゃない。
その後、俺は、
のろまな亀だと思っていた佐藤は、
意外と事務のプロなのだと認識することとなった。
そしてコイツの超のつくお調子者度は、
遥かに俺の予想を超えていた。
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