きまぐれ

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 彼女は読書が好きで分厚い小説をよく読んでいる。けれどこれは残念なことに、僕はあまり本を読まない。だから彼女の話を聞いているとき、僕はよくそれについていけなくなる。しかしそれではあんまりなので、僕は前に図書館で志賀直哉の小説を借り一箇月をかけそれを読み終えた。それからすぐに彼女と会い『城の崎にて』が良かったといったら鼻で笑われたけれど、その理由は今だ判っていない。馬鹿にされたのか、それとも純粋に僕の言葉や仕草が面白かったのか、それすらも判らないくらい、彼女の感情の起伏は小さい。静かな子なのだ。もともと。けれどそれが彼女の良いところで、僕を魅了する要素でもある。  これは僕の話だ。彼女の話に聞こえるかもしれないけど、それだけ僕という人間が彼女に依存しているということだ。けれどこれが彼女の立場になると、やはり僕は判らない。彼女は僕を必要としているのか。そもそも僕といて純粋に楽しいのか。それすら不明瞭なのだ。  だから僕は問いかけた。僕といて楽しいのか。もしそうなら──。  そのときふいに風が吹いた。  それは僕の言葉と、そこにある希望や祈りをさらって、どこかへ消えてしまう。言葉を失った僕はただ彼女を見つめ、彼女は静かにうつむく。それだけの時間が、まるで永遠みたいに流れる。  僕の言葉が、祈りが、そのすべてが、彼女に伝わると良いと僕は思う。けれどまた、そうでなくて良いとも思う。僕の失ったそれらはいつか、どこかの誰かに届くのだろう。そうしてその誰かが幸せになれるなら、僕はそれでも構わないのだ。  ただもしもそれが君に届いたのなら、それはとても美しいことだと僕は思う。  ただそれだけだ。
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