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心の底から拒否をしているわけではない。
今もショパンの弱々しい心臓は、強く速く鼓動を打って、座っているのに椅子から崩れ落ちてしまいような、目眩に襲われる。
パリの貴婦人達が求める寵愛を、自分が受けていることに対して、優越感を感じる余裕は彼にはなかった。
いっそ感じられてしまえば、どんなに気が楽だろうか。
恋の噂が後を絶たない彼が、貴婦人にも飽き飽きしたところで、線の細いショパンがほんのひと時の気まぐれで相手に選ばれたのだと思えたなら…。
どんなにか…楽だっただろう。
「間違ってなんかないよ、もうそろそろ…俺を信じてくれないかな」
「……別に…君を信じてないわけじゃなくて…」
そう、違う、ショパンはリストを信じていないのではない。
一時的な熱病のような愛情ならば、このまま受け流すことも出来よう。
いくら不器用なショパンでもそれをかわすことはなんとかなる。
しかし、そうではないのだ。
リストはあまりに、屈託なく、真っ直ぐで、燃えるような愛情を向けて来た。
甘い愛の言葉でもなく、部屋に溢れる花束でもない、ただただ少しずつ、想いを染み込ませてくるだけ。
ショパンは自分の性格をよく分かっている。
このまま、身を委ねてしまったら最後、自分は『フランツ・リスト』という存在に、
浸食され、満たされ…二度と音楽を紡げない気さえした。
それほどに、もう、強く惹かれていた。
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