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「ねぇ、だから……俺の気持ち、受け取ってくれるだろ?」
何も言わない、正しくは言えないショパンにゆっくり顔を近付けながら、問い掛ける。
ずっと欲しかったものがやっと少しだけ、リストの手に触れた気がした。
細心の注意を払って、見つめるだけだったその唇に自分のそれを軽く触れさせる。
本当に、一瞬だけだった。
それでも、ショパンが抵抗しなかったのが、リストの問い掛けに対する答えだということは、お互いに伝わっていた。
冷たく、柔らかい感触と、微かなショコラの薫りは、今まで交わしたどのキスよりも、麻薬のようにリストを蝕んだ。
ショパンはあと少しでも唇が触れている時間が長かったら死んでしまうかもしれない、と本気で思った。この脆弱な自分の身体は、この鼓動の速さに耐えられないだろう。
ゆっくり顔を離す途中、行き場を無くした二人の視線は交わってしまった。
「…ごめん、怒ってる?」
悪戯を叱られた子供のような笑みで、リストはショパンの目の奥を見つめてくる。
ショパンは珍しく少し慌てているリストに笑ってしまいそうになった。
だが、口付けで乱れた鼓動が戻らないうちに投げられた視線に耐えられず、少しでも落ち着こうと、降りしきる雨に再び目を遣った。
時折キラリと光って落ちる雨水が、滲んで見えたことで、ショパンは初めて気付いた。
自分が、泣いていたことに。
感動か、不安か、歓喜か、恐怖か。理由など考える必要もないくらいに入り混じった涙だった。
「……怒って…ないよ」
それだけ言うのが精一杯で、自分の頭の重みすら支えるのが苦痛になって、肘掛に添えられたリストの腕に頭を預ける。
常に病と共にいるショパンはその外見も手伝ってまるで重量感のない存在だが、
今確かにリストの腕には、温かい重みがあった。
そんな些細なことに、リストまで泣いてしまいそうになる。愛しい、重みだった。
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