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足が向かっているのは、あの魔獣の森だった。反対側に抜ければよかったのだろうけれど。もう引き返す気力は無かった。
森は思ったより静かで、魔物たちは何処にいるのか、気配もしない。
僕は奥に進んだ。魔物よりも人に会いたくなかった。
何処をどう進んだか覚えていない。
気が付くと綺麗な川が流れていた。
僕はその場所に座り込んだ。もう歩けない。
今まで地下牢暮らしだったんだ。身体も相当弱っているだろう。
跪いて水面に顔を近づける。自分の顔が見えた。
「ははっ、誰だこれ。」
そこには知らない自分がいた。
銀色の髪も赤い目も、やせ細った身体も、分かってはいたけれど、自分とは認識しがたい。
ああ、姉さんに会いたい。
どうしているだろうか。
でも姉さんに会うという事は王都に行くという事だ。
「…無理だな。」
分かっていた。
もう姉さんには会えないだろう。
僕には会わないほうがいいだろう。僕はいまや何なのか分からないのだから。
冷たい水で手足をゆすぐ。身体も洗いたかったけど、ここではさすがに怖い。
立ち上がり更に奥を目指す。
しばらくすると小さな洞窟を見つけた。
人が立ってようやく通れるようなものだ。
奥はもう少し広そうだ。
曲がりくねった道をしばらく進んで行くと、広い空間に出た。まるで広間ぐらいの大きさがあるそこには、見慣れないものが置いてあった。
「…卵?」
僕の両手でも抱えきれないほど大きな卵。なんの卵かは見当もつかないけれど、上には砂埃が積もっているし周りにも何の足跡もない事から、見捨てられた卵と判断した。
おそらくもう、中身は死んでいるのだろう。
或は、母親に見捨てられて息絶えたか。
近くまで行き、座ってから見上げる。
それにしても立派な卵だ。
「ああ、お腹空いたな…。」
昨日から食べていない。
この先、何か食べられるかどうかも分からない。
「この卵、食べられないかな…。」
バカなことを呟いた。
さっき水を飲んで来たからすぐには死なないだろうけれど。
それでもこうやって自分で死に場所が選べるなら、幸運かもな。
眠くなり目を閉じる。瞼の裏に恐ろしい形相が浮かぶ。
「……御免なさい、シスター…。」
僕はもう、人では無いのだろう。
それでもまだ、知人の死は悲しい。
どれだけ偽善者なんだろう。
見捨ててきたくせに。助けなかったくせに。
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