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「……残念ながら、今の僕たちにそんな暇はありません。見て下さい、貴女の魔物を。可哀想に、宿主を捕食する力もなくなって、ついに休眠状態に入ってしまいました。これ以上、この世界に留まっているわけにはいきません。彼を救わないと。さあ、行きますよ!」
「は?」
一体、自分が何を言われているのか、頭がついていけなかった。
でも、その隙に、ミシエルは強引にも私の身体を横抱きにして、アパートの手すりにひょいっと飛び乗ってしまったじゃないの!
人間業じゃないっ!!
「い、行くってどこへ!?」
「マモノビトの住んでいる世界へ。始終、魔物をくっつけた状態で生活しなきゃいけないっているのが、ぼくたちの辛いところですからね。そこでなら、魔物と一緒に日常生活が過ごせますし、彼の力も戻るかもしれない」
彼の、と指差したのは例の魔物である。
体中の水分が抜け出たみたいにペラッペラになって、ビニール袋のように貼りついた魔物。
なんだか、砂浜に打ち上げられたクラゲに似ている。
クラゲなら良かったのに。
これがもし、魔物なんかじゃなく新種のクラゲだったら、喜んで飼うかもしれないのに――なんてことをつい考えてしまうのは、完全に職業病だ。
……そう。
恋人に裏切られようが、院試に落ちようが、やっぱり私には海洋生物学者になる夢が捨てきれない。
だから、他の世界になんて、連れて行かれるわけにはいかない……っ!
「嫌ですよ! そんな、わけの分かんない世界になんか、誰が行くもんですかーっ!!」
「ブチブチ言ってないで! これは貴女のためでもあるんですからっ!!」
「うわああっ!?」
バサっと広がる天使の翼。
地上二階。
すぐ裏に広がる青海の果てからは、初夏の潮風が勢いよく吹き寄せる。
風向きは、真南。
暴れる私を腕に抱きかかえたまま、ミシエルはぐい、とその身を手摺の向こうへ乗り出した。
まさか。
まさかあ~!
青空よりも爽やかに、ミシエルは微笑んだ。
「飛びますよ!」
「嫌あああああああああああああああ――っ!!」
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