一章 あまりにもうさんくさい天使のテーゼ!

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「……残念ながら、今の僕たちにそんな暇はありません。見て下さい、貴女の魔物を。可哀想に、宿主を捕食する力もなくなって、ついに休眠状態に入ってしまいました。これ以上、この世界に留まっているわけにはいきません。彼を救わないと。さあ、行きますよ!」 「は?」 一体、自分が何を言われているのか、頭がついていけなかった。 でも、その隙に、ミシエルは強引にも私の身体を横抱きにして、アパートの手すりにひょいっと飛び乗ってしまったじゃないの! 人間業じゃないっ!! 「い、行くってどこへ!?」 「マモノビトの住んでいる世界へ。始終、魔物をくっつけた状態で生活しなきゃいけないっているのが、ぼくたちの辛いところですからね。そこでなら、魔物と一緒に日常生活が過ごせますし、彼の力も戻るかもしれない」 彼の、と指差したのは例の魔物である。 体中の水分が抜け出たみたいにペラッペラになって、ビニール袋のように貼りついた魔物。 なんだか、砂浜に打ち上げられたクラゲに似ている。 クラゲなら良かったのに。 これがもし、魔物なんかじゃなく新種のクラゲだったら、喜んで飼うかもしれないのに――なんてことをつい考えてしまうのは、完全に職業病だ。 ……そう。 恋人に裏切られようが、院試に落ちようが、やっぱり私には海洋生物学者になる夢が捨てきれない。 だから、他の世界になんて、連れて行かれるわけにはいかない……っ! 「嫌ですよ! そんな、わけの分かんない世界になんか、誰が行くもんですかーっ!!」 「ブチブチ言ってないで! これは貴女のためでもあるんですからっ!!」 「うわああっ!?」 バサっと広がる天使の翼。 地上二階。 すぐ裏に広がる青海の果てからは、初夏の潮風が勢いよく吹き寄せる。 風向きは、真南。 暴れる私を腕に抱きかかえたまま、ミシエルはぐい、とその身を手摺の向こうへ乗り出した。 まさか。 まさかあ~! 青空よりも爽やかに、ミシエルは微笑んだ。 「飛びますよ!」 「嫌あああああああああああああああ――っ!!」
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