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「……今日が平日でよかった」
聞こえないように、ぼそりと呟く。
私もそうだが、このアパートの住人たちは皆、近郊にある海洋大学の学生ばかりだ。
金曜日の今日は、早朝からの海洋実習。
今頃、日本トップクラスの水揚げ量を誇る銚子港沖合の海上で、てんやわんやしていることだろう。
だから、半屋外設計のアパートの廊下で、これだけワイワイ騒いでいても、誰も外に出て来なかった。
私は……早い話がその授業をサボってしまったのである。
後悔している。
こんな妙な事態に巻き込まれるなら、真面目に出ておけばよかった。
今更だけど。
「もう……なにがなんだか訳が分かりません」
「ええ、心中お察しします」
目の前の美青年はよりいっそう笑みを深め、こちらの葛藤もそっちのけの優雅さで、純白のスーツの胸ポケットからハンカチを取り出した。
「ぼくのことも、ぼくの話していることだって、すぐには信じられませんよね。でも、大丈夫です! 順を追って説明しますから。まずは落ち着いて、冷や汗と涙を拭いてください」
「……」
ピンク色だ。
おまけに、可愛いハート柄ときたもんだ。
「さ、どうぞ」
「……お気持ちだけで結構です。そ、それより、もっかいだけ確認ですけど!」
「はい、なんなりと」
ピンク色のハンカチを丁寧にたたんでポケットに仕舞い入れて、ミシエル。
そんな彼の頭の上で、キラリと目映い光を放つ金属的な輪っかから――そっと目を逸らし、
「ええと……その。百歩譲ってですね、ミシエルさんが背中にアレが生えていて、頭の上にピカピカ光るアレのあるアレだと仮定したとして――」
「背中に羽根があって、頭の上にピカピカ光る輪っかのある天使さんだと仮定したとして?」
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