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「どうしたの急に?」
「ん。ああ、ちょっと座って」
政基の隣にちょこんと座り、恐る恐る、政基を見た。政基は小さな箱を私に渡す。
「プロポーズしたくせに、用意してないなんて、勢いで言ってると思われても仕方ないよな?」
箱を開けると、エンゲージリングが出てきた。
ハリーウィンストン。老舗の宝石店の名前の文字に心が踊らないと言ったら嘘になる。でも昔、政基が私にくれたシルバーのリングを思い出した。
サイズ覚えてたんだ。その事の方が老舗のダイヤモンドリングだという事より、何倍も嬉しい。私は政基に左手を差し出した。政基は私の薬指にゆっくり、それを差し込んだ。
「これ、いつから用意してたの? その日のうちにいきなり買えるような代物じゃないと思うんだけど」
政基は珍しく、ばつの悪そうな顔をして、こちらを見た。
「女って、そういう変な所すごく勘がいいよな。それは百合江に再会してから、願掛けのつもりで買っておいたんだ」
「願掛け?」
「そうだ。百合江が必ず俺の所に戻ってくるようにってな。自信なんて本当は五分五分くらいだった。おまえから連絡がなかなか来なくて、ジリジリしてたんだよ」
政基は私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。その照れ隠しの行動に心がじんわり温かくなる。
「どちみち、百合江が戻って来なけりゃ、誰とも結婚なんかしなかっただろうし、願掛けはきいたわけだから」
そんな事考えてたのか。政基の突然の訪問に、僅かな不安を抱いていた自分に罪悪感を覚える。
「そうだ。あの、結婚式なんだけどね」
「やっぱりやる気になったのか?」
「ううん。やる気になったと言うか」
私は今日の、麻衣子たちの話を簡単に政基に説明すると政基は大声で笑った。
「そうか。その本上さんって人に百合江はホントに振り回されてるんだな。いいよ。元々やらないといけないことだしな」
「ころころ、話が変わってごめん。しかもこれからの仕事の状況を考えると、かなり協力してもらわないと無理なんだけど」
政基はそれも「いいよ」と言って微笑んだ。
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