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「ごめんな」
「え? 何が?」
「俺があの時、百合江のことを信じていたら、ずっとこうして二人で聞き続けたはずだろ?」
ああ。政基も同じ事を思っていたのか。
「でも、きっと何度あの時にリセットして戻っても、あの時の私たちは同じ事をしたよ。だから、これからを大事にしよ」
政基は微笑んだ。私の大好きな微笑み。
「きっと百合江の言う通りだな。でも、もう同じ事でつまずきたくない」
話し合って、誤解や疑惑や不安をほどいていくという、とってもシンプルで、とっても容易いことのように思える事があの頃は出来なかった。政基は熱くなった手を私に伸ばした。もうこの手を放さないように、話をしよう。
今日も明日も明後日も。
月曜の朝、鼻歌混じりにメイクをしている自分に気がついてギクリとした。こんな自分でもベタベタに分かりやすい機嫌の良さで出社したくないなあ。
でも、いずれにせよ勘のいい麻衣子にはバレる。というより、既にこうなると予想されているのだ。
「どう取り繕っても仕方ないよね」
私はそう呟いて、また鼻歌混じりに出社する準備をした。
自分でもちょっと浮かれすぎだと思うくらい早い時間に出社した。タイムカードを押して自分のデスクにつく。
「どちみち今日も残業だから早めにとりかかるか」
そう呟きながら昨日の続きにとりかかろうとすると、オフィスの入り口に人影が見えた。
「おはようございます。安西さん」
「石崎君。今日からまた出張じゃなかったっけ?」
「自分でも信じられないんですけど、忘れ物です。すぐに空港に向かいますけど」
石崎君とはあの日、カフェで話をしてから仕事以外の話を全くしていない。麻衣子の課題宣言以前はそれが当たり前だったのだから、仕方のない事なのかもしれないけど、あそこまで私を思ってくれた石崎君には自分からきちんと結婚すると言いたい。
残酷な事なのかもしれないけど、それがけじめだ。
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