無上の清涼飲料水

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話すことと言えば、やはりサウィダーとか清戦のことくらいなのだが、俺はもっと遠藤先輩について知りたかった。 俺が遠藤先輩に『家は近いんですか?』と訊いたとき、遠藤先輩は長い髪を水面に映る赤い炎のように揺らめかせて『家なんてとっくのとうに消え失せたわ』と応えた。俺はそれを、『そういうことはもう金輪際訊かないでくれ』ということなのだと捉えて、それ以来はもう訊けなかった。 「遠藤先輩は、どこにいるんでしょうか」 「そんなこと、オレにも分からないよ。……だけどよ、清戦に向けて一所懸命に練習していれば、いつかは姿を現してくれるかもしれないぞ?」 「その手には乗りませんよ。今後も俺は、サウィダー部史上最高ランクのサボり魔として名を馳せます」 遠藤先輩は、本当にどこへ行ってしまったのだろうか。他の先輩方は、たまに大型デパートなどでバッタリ偶然に居合わせることがある。だが遠藤先輩だけは、清戦を引退してから姿を見せない。 俺はときどき無性に会いたくなるというのに、一年前の清戦で絶望的なまでにボロボロにされた日から、遠藤先輩は引退式にも現れずに、姿を消してしまったのだ。よほどショックだったのかもしれない。 だけどこの川になら、そのうちひょっこり顔を出すはずだ。 「ほら見ろ、すっかり日が沈んだぞ」 川はすでに、紺青の空と黒い木々の葉を映している。ところどころに輝く小さな点は、星であろうか。 耳を澄ませば、蝉時雨と川のせせらぎが耳から入ってきて、心まで染み込むようだった。
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