一章

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「いや男としてそれはどうなの? それとも何だ。お前は背中を見せて逃げろっていうのか?」 「うん。っていうか逃げるもなにも、相手しなければいいと思うけど」 「アイテシナケレバイイ? おい待てコラ。それはいくらなんでも可哀想だろ」 「可哀想って……今のあなたがそれ言えるの?」 「俺が可哀想な人間ってかっ?」  警護者とその対象。とは言っても、それなりに彼らはいい関係を築いている。それは夕菜が面倒見の良い子であり、暁人が誰にでも感情を豊かにさせる愛敬者だからだろう。  そう、傍から見れば仲の良い異性の学生。だが、それは決して普通では無く。少なくとも彼らは、脅威を持っていることを忘れてはいけない。こんな平凡な光景を見せているとしても、それは国が監視している《籠の中》であるのだから。 「そろそろ帰らないと」  不意に手首を覗いた夕菜が、声を溢した。  夕日の片鱗でさえ映し出さなくなった西の空は、ぼんやりと朱が滲んでいるだけで、澄みきった空には輝く星が点々と現れている。静けさと薄暗さが、昼夜の転換を意味していた。 「先に戻るから、暁人は寄り道しないでさっさと戻ってきなさいよ。七時までに寮に戻らなかったら……っふふ」 「でたそれ! だからやめろってそういうの。分かったよ。ちゃんと七時には帰るか……後十分しかないじゃん!」 「そう? 私は大丈夫だけど。じゃあね」 「お前は能力があるからな! ……ってえ? ちょ、ま――うぶぇっ」  暁人の声は届いたのか届かなかったのか。夕菜が手をひらひらと掲げると、途端に周囲を何かが包み込み、徐々に草さ砂を巻き上げる竜巻が現れた。あまりの強風で目の前を直視できず、暁人が気が付いた時には、夕菜の姿は見えなかった。  月明かりが顕になった河川敷の下で、ポツンと一人、ボソリと一言呟く。 「……颯爽と素っ気ない帰宅方法だな」 そんな暁人を撫でるかの様に、涼しげなそよ風が肌を靡いた。
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