一章

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 暁人の好きな食べ物はベビーカステラだ。地方によっては玉子焼、などと呼ばれているが、これを何と呼ぼうが彼の勝手である。カステラをたこ焼き状に焼き上げたお菓子なのだが、そこにマーガリンや砂糖をまぶした鈴カステラ、なんてお菓子もある。  勿論、彼の好物は何もつけられていないスタンダートのベビーカステラで、できればそれをいただきたいワケなのだが……残念ながら、今暁人の手に握られた買い物袋の中には、鈴カステラと記載されたパッケージしか存在しなかった。 「コンビニじゃこれしか売ってないんだよなぁ……」  誰に言うワケでもなく。ただボソリと呟いた不満は、そのまま夜の静寂に溶け込んだ。  道行く毎に照らす寂しい照明灯は、もう僅かしかないその寿命を知らしめるかの様に、篝火の様なか弱しい明かりを点滅させるばかり。  そんな不気味とも言えなくない道路の隅を歩きながら約数分、今までの邪険さを取り払う程の光満ちた建物が、暁人目の前に立ちはだかった。 「ふぃ~、ただいま」  またもや独り言を呟き、その建物をぐるりと囲う鼠色の壁を裂いた門へと足を踏み入れる。門を封鎖する回りの悪い、腰ほどの鉄格子を引き、甲高い響音を響かせながら門を通った。 通り間際にチラリと横目を当て、門の右側にある表札を覗く。そこには、《D地区所轄第十七部隊専属宿舎》と書かれていた。  ここは、国家機関CPが設けた『秩序の番人』専用の四階建ての寮である。勿論、暁人はそのメンバーではない。だが、監視、護衛が行いやすいよう、国からこの寮で衣食住するよう命ぜられていたのだ。命令と言っても、本人の意思が尊重されるので断れるのだが、ここで生活すれば、生活費を一切国が負担してくれるという事で、暁人は喜んでここに住んでいるワケだ。  中庭の短い道を歩き、眩しいくらいに光が漏れる入口へと入り込んだ。ロビーとも玄関とも言えない程の広さの場所で、暁人は下駄箱に靴を入れ、スリッパに履き替える。 その時不意に目がいった下駄箱の全体図は、ほとんどが空白だった。靴が収納されているのは僅か数足。さらには、寮にしても静けさが目立つ建物内。玄関口の守衛室なる場所には人影がなく、部屋の電気も点けられていない。 当たり前だ。なんせこの寮にはたったの七人しか生活していないのだから。 部屋総数二十に対して少な過ぎる人口密度は、ちょっと寂しい気分になったりする暁人だった。
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