三題囃/100円・パンダ・水・酵素

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 紅の葉も風に煽られ落ちる頃、パイプ椅子に座る俺に彼女の声が聞こえた。  パンダを見たい。  彼女はそう言った。これはつまり、暗に『連れていけ』と俺に言っているのと同じである。一体どうしろと言うんだ。入院中の彼女に、何とかしてパンダを見せてやりたいのはやまやまだが、しかしそんな簡単に退院できるものでもあるまい。俺は医者でもないからわからんが、多分外に行くこともダメだろう。  それを聞くが早いか、彼女は丸い頬を膨らませた。どうやら、ご不満があるらしい。 「行きたい行きたい行きたーい!」  ベッドの上でじたばたする彼女。肩甲骨まで伸びた茶色い髪が、右へ左へ。この態度は、本当に十九歳なんだろうか。やや信じがたいぞ。  未練タラタラといった様子で寝そべる彼女に、俺は尋ねた。 「そもそも、なんでいきなりパンダなんて言い出すんだよ。昨日までパンダの『パ』すら聞いたことなかったぞ」  すると彼女は、いそいそとファッション誌のページをめくり始めた。「これ!」と突き出し、俺にページを見せる。 「……ああ、なるほど」  記事の特集で『幸せのツートンカラー』とかなんだかよくわからん見出しを付けられている隣で、パンダが不遜に寝転がっている。  どうやらコラムみたいに付随されているこの記事によると、パンダを見に来た客の中で結構重い病気を背負った人がなんと完治。それにあやかり、このパンダを健康や幸せの象徴として動物園が倍プッシュを始めたらしい。パンダにしてみればいい迷惑だろう。勝手に自分を見に来た人による勝手な事情で自分がまるで神様みたいな扱いをされるのだ。このパンダもきっと、昨今の漫画やアニメの主人公にありがちな思考をしていることだろう――慎ましく生きさせてくれ。と。  さておき。  日本にはあまりパンダがいない。ついさっき携帯電話で調べた情報によると、なんと三つの動物園にしかいないそうだ。で、そのどれもがここから遠い。俺は免許を持っていないため(今年の夏に取る予定なのだ)、電車などの公共交通機関を使うとなると彼女への負担も大きい。
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