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「ここにある中で一番強い酒を一つとエールを一つ」
宿の食堂でリューティスを椅子に座らせると、ヤエは手をあげて給仕を呼び酒を注文した。エールとは彼にしては珍しい選択である。
「……なぜここに」
「お前の様子が明らかにおかしいからに決まってるだろ」
顔をしかめた彼にまた乱暴に頭を撫でられた。
「……大したことではありません」
「なら何で目が赤いんだ?」
──泣いていたのか、自分は。
気がつかなかったことを指摘され、目元に手を遣る。わずかに湿った感触がして彼の言葉が事実であろうとわかった。
ただ、どうしたら良いかわからないこの感情の原因と目が赤い原因は異なる。
「……帰りたいと思っていたはずなのです」
ひとりでに口からこぼれ落ちた言葉。纏まらない感情は纏まらない言葉となって次々に溢れ出す。
「もし彼らが首都にいなければ、……僕は帰りたいと思わないのです」
「彼ら、とは恋人たちのことか?」
ヤエに首肯し、テーブルの下で左手の指輪に触れた。
「……帰りたいと思っていたはずなのです。ですが僕はあの街のことも、……両親のことも、どうとも思っていなかった」
あの街に愛着がない。昨日、久方ぶりのあの街に懐かしいとは思った。だが、それだけだったのだ。
「リュースは首都で育ったのか?」
「……そうとも言えますし、そうでないとも言えます。一番長くいた場所は首都ですが、……首都以外の場所にいた時間の方が長いでしょうね」
酒の入ったジョッキを手にした給仕が現れテーブルにそれらを置くと、ヤエに代金を請求し消えていく。
運ばれてきた酒のうち、エールを手にしたヤエはもう片方をリューティスに差し出してきた。
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