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「代金はいらん。奢られろ」
革袋に手を伸ばす前にヤエが拒否した。どうすべきかと考えるものの、代金を差し出したところで彼が受けとるとは思えない。
「……すみません」
謝罪を口にしたリューティスの頭をまた乱暴に撫で回し、ヤエは豪快にエールを呷った。
「それで、それがどうしたんだ」
「……ただ自分が無感情な人間であると気がついてしまっただけです」
ヤエは片眉を跳ねあげた。
「無感情? むしろ当たり前のことだろう」
彼の言葉が理解できず、首をかしげる。
そこにフィーが現れ、リューティスを挟んでヤエの反対側に座った。
「首都にいた時間が短かったなら、愛着なんぞわくわけがない。親とだって仲がいいんじゃないんだろう? ……もしそれが、お前の育ての親だったならどうだ」
ヤエの言葉に思い浮かべたのは、今は亡き育ての両親と、十年ほど前からの記憶を失った元ギルドマスターの姿。
もし、彼らが健在で、リューティスの帰りを首都で待ってくれているとしたら、どう思うのだろうか。
「…………帰りたい」
心が叫んだ。捻り切られようとしているかのように、胸が痛い。
──会いたい。あの笑顔が見たい。声が聞きたい。また名を呼んでほしい。あの頃のように。
一番幸せなのは今かもしれないと思っていた。しかし一番幸せだったのはいつだろう。
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