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「それにしてもアイツ遅いな…」
慎ちゃんが広い空港内にキョロキョロと視線をやりながら腕時計を見た。
山ちゃんだけがまだ見送りのその場に来ていなかった。
いくら俺や拓海くんが晴天の霹靂とばかりに右往左往したところで彼を止める権利はなく、もし椿くんに意見を言えるとしたら恋人である山ちゃんだけやともわかっていた。
その山ちゃんは椿君の決意を告げられた時もしばらく考えたのちに「わかった」と一言答えたらしい。
それで二人の仲が終わる訳でもなく、ましてや二度と帰ってこないとか今生の別れになる訳でもないから、勉強の為に広い世界を見てくる、というのは二人にとってはさほどの障害ではないのかもしれない。
椿君があっという間に古着屋を閉め、留学準備の為に日本と海外を何回か行ったり来たりしている間も二人は変わらず仲良くやっていた。
まるでちょっと旅行にでも行ってくるわと言わんばかりのそのあっさりした態度に驚かされもした。
山ちゃんのことやから『俺も行く!』とか言うてジムを辞めたりしそうやとハラハラしていたのは杞憂に終わったわけや。
しかし搭乗時刻が迫った今、山ちゃんはまだ姿を現さない。
彰ちゃんはあからさまに落ち着きをなくし、佑ちゃんは暴言が止まらない。
「何してんねんアイツ椿君の旅立ちの日にあのクソがボボボボボボボボ」
後半は怒りで何言うてるのか聞きとれへん。
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