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希春は、若い時に小説がちょっと売れ、結婚も出産も早く、離婚後は長男が家計を支えていたので、今までちゃんと働いた事がありませんでした。
運が良いのか?いや、気の毒な世間知らずな痛いおばさんにしか見られないでしょう。
だから、息子達には絶対にお店に迷惑が掛かるからと 働く事を反対されました。
しかし、希春はその事も承知で
人柄で採用されたんだし、洗い場とちょっとした盛り付けが主な仕事、忙しい時間は娘の彩ちゃんがいるし、何とかなると楽観的思考で息子達の意見は耳に入りませんでした。
…実際は
見るのとやるのとでは大違いだと直ぐに思い知らされる事になりましたが…
希春はお客から実際の年齢より10才くらい若く見られたらしく、店主の将彦も娘の彩ちゃんも否定しないで見た目年齢で通しておけばいいよと言いました。
『やっぱり若い方が世の中渡り易いんだわ』
と複雑な思いがありました。
店内が落ち着いて来て最後のお客さんが会計を済ませ、『今日は早めに終いかな?』と店主の将彦が言い終わるか終わらない時、
後1時間で閉店という頃にお客が入って来ました。
『いらっしゃいませ』とテーブルを片付けていた希春の手が止まりました。
そのお客の顔を見てビックリしてました。
あの披露宴で会った酔っ払いが目の前にいたからでした。
店主の将彦が『佐城(サキ)さん、今日は遅かったね』とそのお客に話し掛けました。
『うん、残業でね。まだ大丈夫?』と佐城というお客は言いました。常連のようです。
店主の将彦は快く招き入れ、
『希春さん、生を出して』と言われ、希春は佐城の前に生ビールを出しました。
佐城はチラリと希春を見ましたが、気付いた様子はなく、忘れているようでした。
店主の将彦が『今日から来てくれる事になった希春さんだよ』と紹介され会釈したけど全く忘れられていました。
すると、彩ちゃんが奥から帰り支度をして出て来ました。
佐城は素早く彩ちゃんの方に身を捻り、顔を突き出し身をひねったまま乗り出しました。
『彩ちゃん、今上がりなの?』とデレデレした顔付で残念そうに話し掛けました。
…分かりやすいリアクションだ…と希春は感心しました。
彩ちゃんは
『そうよ。柚多夏(ユズタカ)さん、いらっしゃい。今日は遅かったね。またね』
と言うと希春に宜しくと目配せし外へ出て行きました。
彩ちゃんの婚約者が車で迎えに来ているようでした。
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