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「この前さ、貸してくれただろ、本」
幼なじみである彼が言った。
俺は彼の布団に寝そべったまま携帯から
目を離し、彼を見る。
「…あぁ、貸したな」
ドロドロした話が好きだという、女癖の
悪い彼にあてつけで貸した、純愛ものの
短編小説。
苦々しい顔で俺を見る。
「すっげぇ、胸が痛かったんだけど」
俺は思わず吹き出した。暫く笑う。
「お前は日頃の行いが、悪いから」
こいつは『女には不自由してない』なんて
平気で言う馬鹿野郎なのだ。死んじまえ。
彼は不貞腐れたように俺から視線を外し
窓へ視線を向けた。だから彼の横顔しか
俺には見えなくなった。時折、睫毛が
上下に動く。瞬きをしているようだ。
じっと、ずっと、横顔を眺めていた。
すると閉じていた唇がゆっくりと開く。
そのようすに俺は少しの間だけ見惚れた。
「…でも」
いつもの軽さを含んだ声だった。
普段と何の変わりも見られなかった。
「なに」
「3番目の話は、他人事には思えなかった」
「3番目?」
「そうそう」
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