レンズの向こう側

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彼は歌っていた。 目をつむり、口を大きく開けて あんなに大きな空に向かって。 黒い髪と制服が舞う。 微動だにせず、彼はスクッと立っている。 その姿はまるで地上を睥睨する鴉。 「零姫。…ふゆはら、りん。」 冷淡にして過激。 百名以上の親衛隊を1人で束ねる 会長専属の親衛隊隊長、冬原凛。 彼の統率力に勝るものはいない。 その優秀さ故、妬みからか彼の噂話は 絶えることはなかった。 ついたあだ名は"零姫"。 孤高の存在、万物の始まりの数とは 凄いと俺は思うのだけど本当はもっと 皮肉混じりの意味らしい。 (噂なんか信用に足るわけなかろうに。) 彼の歌声がここまで届かないのは とても残念でならなかったが、きっと 綺麗な声なんだろうと想像する。 その姿を、永田に声をかけられるまで ずっと夢中で見ていた。 「どうした。なんかいたか。」 「…カラスがね、いた。」 俺の笑みを、彼は気味悪そうに顔を顰めて 受け止める。上空に黒い影が過った。 振り返るともうカラスはいない。 -
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