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ユーミンは家を出ると、街の方角へ向かって下り始めた。舗装こそされていないものの長年の轍や足跡で固く踏み均されてできた道をたどる。
短い黒髪、黒の上下、ショートブーツ、そしてベルトにつけた大きなポケット。ユーミンはあどけないよりは凛々しく、少女らしいよりは少年めいていた。
手に持った袋をたまに持ち替え、楽しそうでも寂しそうでもない普段の足取りで進む。
「何か理由でも?」
距離を保って尾行する形になったJが頭上に問いかける。自力で飛ばず、無精にも猫の肩に乗ったこうもりは、不機嫌そうに答えた。
「寝違えて羽根の調子が悪いんだ」
Jはうなずくと、それ以上何も聞かなかった。
緩やかな山道を下る。日が昇り気温が高くなるにつれ周囲から虫の声が上がり始める。Jはこの夏初めて蝉の声を聞いた気がした。
ユーミンたちの暮らす家は、それほど標高が高くない山の中腹にある。冬寒く夏涼しい場所だが、それより低地にある街は、地形のせいか夏はひどく蒸し暑い。
「街は暑いだろうな」
何気なくつぶやいた言葉に、ヴィーが意外な返事をする。
「街までは行かないさ」
「ふん? 行き先を知っているのか?」
ヴィーは答えない。
やがて分かれ道に差しかかった。ユーミンは街ではなく、細い獣道のほうへ進んだ。カエル池へと通じる道だ。
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