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『何があったのか知らないけど、僕は何も困らないよ。茜がいたいというなら、ずっとここに居てもいい。僕は逃げないよ。』
逃げない。それは五郎がいつも言い聞かせている言葉だった。茜との恋から逃げない。吾朗自身、自分がしている恋愛に不安を覚えないことはなかった。
茜は吾朗との恋に不安を感じているのだろう。それを今まで口にすることなく我慢してきた茜を吾郎は愛しく感じた。
茜は吾朗の瞳に込められた優しさに打たれた。
『あのね、昨日の夜、私の進路のことについて話したの。』
茜は五郎の瞳に背中を押されてようやく重たい口を開いた。
茜がなぜ話すのを躊躇ったのか、なぜ急にここへやって来たのか、茜の話を聞き終えた吾郎は納得がいった。そして、心の中で唸った。
『つまり、僕と一緒になるために進学をしないと話したのか。』
『うん。つい、かっとなってそういう返事をしちゃって。お母さん、もう怒って怒って、吾朗さんを家に連れてこいっていうの。来なければ学校に連絡するって。それで、これから、吾朗さんを家に連れて行くことで昨日はなんとか収まったんだけど。』茜は吾郎の方を見ないで、テーブルに置かれた吾郎の手を握った。
吾郎は、突然の展開に驚いていたがそれ以上に、茜の態度にはっきりとした変化を感じて戸惑っていた。茜が握った手が熱かった。
『それで、君はどうして欲しい。』
吾郎はかすれた声を絞り出した。
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