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『・・・なあ、今までこんな話はしたことなかっただろう。』
『うん。』茜は下を向いた。吾郎の態度に不満なのだ。
『茜が進学したくないってこと、俺は初めて聞いたよ。まあ、まだ来年の話だし、受験までは1年半以上ある。だから、茜は普通に進学するだろうって思いこんでた。』
『先生、私、進学なんていいの。先生と出会っただけで、もうほかには何も望みなんてないんだもの。本当なら今すぐにでも先生と暮らしたい。でも、それは出来ないって分かってる。先生には先生の立場ががあるから。ううん、だからこそ私、早く先生と結婚して思い切り先生に甘えたいって思うのかも。私、進学なんて考えられない。』
茜は強い口調で一息に言って、それきり黙った。
吾郎は、困惑していた。とにかく、なんとか彼女を家に帰したかった。そして自分が彼女の家に出向くことは避けたかった。
逃げないと言ったすぐあとで、吾郎は逃亡を計っている。
『茜、僕に時間をくれないか。君のお母さんにはきちんと説明をするつもりだ。だけど、これからだなんて急すぎる。昨日のうちに、メールでもくれれば良かったのに。僕は少し酔ってる。それに、茜の考えも理解できるつもりだけど、だけど僕は賛成出来ない。進学はした方がいい。僕たちの結婚はそれからでもいいだろう。お母さんに反対されてする結婚なんて不幸じゃないか。』
吾郎は祈るような気持ちで茜を見た。
『・・・先生。じゃあ、今から先生の家に行こう。そして朝まで一緒にいて。私、今日はとても一人でいたくない。』
吾郎はそんなことをすれば、茜の母親が黙っていないだろうと思った。それこそ明日の朝、学校に乗り込んでくるだろう。そうすれば退職は免れない。
茜にそんな簡単な計算が出来ないとは思えない。茜の大人びたところや、時に五郎を子供扱いするような言動に吾郎は惹かれていた。
今、吾郎の目の前にいるのはどこにでもいる夢見る高校生だった。吾郎が心の中で馬鹿にしているタイプの。
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