首つり流派

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 保険会社に勤めるY氏は、外回りを主な仕事としていた。  この日は、すでに三件の契約を成立させた。もっとも、契約を結んだのは個人ではなく中小企業の会社であるが。今のご時世、一般家庭に上がり込んで契約を結ぶのは至難の業であり、上司からも中小企業や金持ちだけに限定するよう言われていた。 「首つり流派総本山」  日も傾きかけた午後、豪邸の前で足を止めたY氏は、立て札を思わず読み上げた。立て札は、見事な達筆で書かれていたものの、言葉は不吉すぎた。  しかし、そのような不吉な言葉とは裏腹に、家はかなり立派な日本古来の家屋だ。金持ちの中には、変わり者もいる。  きっと、何かの冗談の類だと思い、Y氏は門をくぐり家の敷地へと入った。  家の庭は実に見事であった。日本庭園の基本に則ったようなつくりで、枯山水の光景が、ここを別世界のように思わせた。この光景には、松の木はよく似合い、立派なのが何本も不規則に植えられていた。 「え・・・?」  Y氏は初め、それが何かのゴミかと思った。日本庭園の庭には似合わない大きなゴミが松の木から垂れ下がり、ブラリブラリと揺れ動いていた。  まるで、蓑虫のように、ただ風に揺られている物体。それが、腐敗した人間であることに気付くのには、暫く時間が掛かった。  首に荒縄が巻かれた中年男性が松の木から首を項垂れぶら下がっていた。  日本庭園の松の木に遺体。推理小説の一場面を切り取った光景にY氏の呼吸は止まりそうになった。  これは、夢だ。そう思いたくとも遺体は紛れもなく本物で現実であった。 「大丈夫ですか!」  Y氏は綺麗に整備された枯山水の庭に足を踏み入れ、彼を助けようとした。 「お待ちなさい。その男はもう手遅れです。もう昨日の内に死にました」  門から玄関まで続く整備された石畳から枯山水の庭に足を踏み出そうとした時だ。Y氏を制止する声が聞こえたのは。振り向くと、屋敷の玄関先に一人、和服を着た美女が立っていた。年相応の落ち着いた振る舞いと立ち姿は、ここによく似合い、すぐ近くで人が首を吊って亡くなっているという現実を忘れそうになる。
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