首つり流派

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 Y氏はしばらくの間、和服美人に目を奪われていたが、ハッとして、 「し、死んでるのですか!い、いや!それ以前にあなたは、どうしてそんなに平然としていられるのですか!」  日常ではあり得ない光景にY氏は混乱した。そんな、Y氏の様子を察してか、和服美人は微笑むと、 「この者を案内しなさい」  手を叩き、下働きの者を呼びつけると、Y氏を屋敷の中へと案内させた。  Y氏が通されたのは、生け花の先生でもいそうな座敷で座布団が置かれていた。 「どうぞ。こちらへ」  ノドでも嗄れているのだろうが、ガラガラ声の下働きの男が丁寧な物言いで言った。Y氏は驚きに戸惑いながらも、座布団に座った。  これだけ、見れば庭に枯山水が見える風流な一場面であるが、庭の松の木や天井を見上げると、そこは異様な空間であることが分かる。松の木や天井の梁には何種類もの縄、紐、ロープがぶら下がっていて、どれもこれも人の頭が通せそうな輪っかがつくられていた。その気になれば、今すぐにでも、首つりが出来そうな異様な光景だ。 「ようこそ。当家は首つり流派総本山でございます。私(わたくし)は当主の紫濃(しの)と申します」  紫濃は礼儀正しい女性である。その非の打ち所がない礼儀正しい動きにY氏は思わず身構えた。そして、聞き間違えでなければ、彼女は今、『首つり流派』と口にした。 「あの、失礼ですが、首つり流派とは・・・」  Y氏は恐る恐る聞いてみた。すると、紫濃は着物の袖で口を隠しながら細く笑った。 「ご冗談を。首つりがなんなのか分からないのですが」 「いや。首つりは知っていますが・・・。自殺の主なやり方で・・・」  首つりは知っている。しかし、こうも堂々と庭に首つりの遺体があったり、あちらこちらに首つり用と思われる縄の類があると落ち着かない。 「その通りです。当家では、自殺の仕方で『首つり』を推奨しているのです」 「首つりを推奨って・・・」  優雅に自殺や首つりという言葉を口にする紫濃にY氏は少しひいた。いったい、この女性は何を考えているのか。
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