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Y氏が少し驚いていると、急に紫濃はスッと立ち上がった。
「あなたは、首つり以外の自殺をなさると言うのですか」
「い、いや・・・。そもそも、自殺は・・・」
自殺というのは、最善の策ではないことはY氏は知っている。そのことを言いたかったが、紫濃はたたみ掛けるように言った。
「首つりは、この世でもっとも素晴らしい自殺方法なのです。飛び降りや電車、車に轢かれるのはよろしくない。周りに迷惑が掛かる上に、肉塊が何より醜い。焼身自殺は燃え上がる様は美しいが、その後がよろしくありません。結局は、真っ黒に焦げたその醜態を晒すことになります。よく、睡眠薬で自殺するという方法も聞きますが、合理的ではありません。薬を売った薬局に迷惑が掛かる上、死に損なえば障害を残すことになり、一生を惨めに過ごさなければなりません。そして、入水は・・・」
「み、水を含みご遺体が醜くなる」
紫濃に詰め寄られたY氏は顔をひきつらせながらも、何とか答えた。満足のゆく答えを聞けた彼女はニッコリと微笑むと、座布団へと座り直した。
「失礼しました。他の流派のことを口にされると、見境がなくなるものでして・・・。自殺するなら、首つり。それこそが、美の境地を極めた、もっとも美しい自殺方法なのです」
「ええ・・・。十分すぎるほどに理解しました」
「分かっていただけで、嬉しいです」
「では、あの松の木にぶら下がっていた遺体も」
「はい。当家に自殺の仕方を学びにきた方のなれの果てでございます」
松の木にぶら下がってた中年男性の遺体は風が靡くたびに、ギシギシと音を立てて揺れるのだ。
紫濃という女性も変わっているつが、自殺を学びにきた男というのも十分、変わっている。
「ところで、あなたはどのようなご用件で当家にいらしたのかしら?」
「あ、ああ・・・。私は保険会社の社員でありまして、その契約を結んでもらおうと思いやってきたのですが・・・。そのお邪魔でしたね」
「あら、そんなことないのに。丁度、これから茶でも点てよう思っていたところでしたのに。一緒に、亡くなられた方を弔いながら飲む抹茶は大変、美味しいのですが」
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