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「俺は、屍を喰ろうて生きとるんじゃ。」
もう、一年になる。
寒く凍えた、夜空に憎たらしくぽっかりと泳ぐ月さえも寒さに凍る夜だった。
俺は年中着ている襤褸布みたいな着物に藁をひっかぶって、口の周りを血塗れにしながらそう云った。
「俺の前に立つな。どこぞの武家の家のモンが。…………あんたらは、旨そうじゃけぇ………喰うてしまいそうじゃ……。」
あまりの空腹に虚ろな目で、上等な仙台平を身に着けた二人の男を見上げた。
ーーーーーーー旨そう。こいつらを喰うてしまえば、俺はきっと満たされる……。
「戦場の屍を喰っているのか。」
目の前の二人の男の血の味を想像して密かに腹を鳴らしていると、二人の男の内、一人がそう問うた。
「こんな時勢に戦場があるわけなかじゃろ。そんなことを云うたら、俺は異人の肉(しし)も喰うても良か算段になるわ。」
いっそ異人の肉が喰えるのなら、と吐き捨てるように云うと、二人の男は慄いたように後退った。
「殺された仏さんとかなぁ。旨くはあらんけど、浮かんで来よった土左衛門とかじゃ。俺が喰えるんは。」
「人肉以外に何か喰っていないのか。」
「そこらに生えちゅう草とか。……近く、腑分けばぁしよる医者坊主が増えよった。俺も、屍の肉だけ喰う訳にはいかんじゃろう。」
こった寒か日にゃあ、腹が減るのぅ。
そう呟いて、俺は目を閉じた。寒くて、腹が減って、今寝てみたら死ねるかもしれん。
ーーーーーー死ねるなら、死にたかぁ。
その呟きが音になっていたかは、突如襲った睡魔の所為で定かではない。
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