満月の夜

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「仕事より飲み会が大事みたいで、相変わらず早く退社してるみたい。」 「さすが・・・。」 正直、山田係長の現在なんて興味ない。全くもってどうでもいい。 「沢口さんは結構前に経理から企画に異動して係長になったよ。やっぱり仕事できるみたい。」 「うん、沢口さんは有言実行って感じでバリバリだったもん。」 「あとは・・・、田中さんは最近結婚して辞めちゃった。」 「へぇ・・・、つぐみよく知っているね。さすが庶務。」 私はその後も続く元経理1課のメンバーの話を聞きながら、心の中ではあの人の番を今か今かと首を長くして待っていた。 でもつぐみはそんな私の気持ちには全く気づかず、あっさりと別の話題へと移っていった。 他の話題になっても、隙をみては「芹沢係長はまだ会社に居る?何か知ってる?」という質問が何度も喉元まで上がってくる。でも私はその都度それを飲み込む。 つぐみは例え私がそう訊いても、未練がましいとは思わないだろう。むしろ、まだ気にすることに喜びさえしそうな気がする・・・。 でもこの線は、自分から越えてはいけない気がする。 もしも会社にまだ居ると知ったら、会ってみたいという気を助長させてしまうかもしれない。会社は移転したけれど、インターネットで場所を調べて一目見るために待ち伏せしてしまうかもしれない。 そういう衝動が一度起きると止められないのが私だ。 でも私は今ある幸せを壊したいなんて、微塵も思っていない。 むしろ守りたいと思っている。 ずっとこの幸せが続くことを切に願っている。 だから、あの人に逢いたいなんて願いは一生叶わない方がいい。 この広く人の溢れる東京という街に、偶然の再会なんてものは存在しない。 そう、私がきっかけを作りさえしなければ、それは絶対有り得ない願いなんだ。 きっかけは作らない。 それが正しい選択だ。
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