80人が本棚に入れています
本棚に追加
「お邪魔します。」
蚊の鳴くような声で私がそう言い終わるか終らないうちに、玄関の音を聞きつけて、カッカッカッと音をたてて一匹の犬が歩いてきた。
そして係長の前にちょこっと座って、切れんばかりにしっぽを振っている。
猫派の私でも、手放しで可愛いと思える顔の犬だった。
こんな可愛い犬をいじめるなんて、信じられない。
何も言わず犬を撫でている係長の顔にふと視線を移した時、コトンと心臓が音をたてた。
その表情をなんと表現すればいいのか・・・。
笑顔ではなく、慈悲深い笑みを浮かべていたと言えばいいだろうか。
トラウマを持った犬が心を開いて懐くのもわかると一目で納得できる、優しい顔だった。
こんな表情をする人に悪い人はいないと思える、穏やかな顔だった。
会社でも飲み会でも一度も見たことのない、温かい愛情に溢れた顔だった。
その笑みを見た瞬間、私は恋に落ちたのである。
最初のコメントを投稿しよう!