潤平

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居酒屋で案内されたカウンター席に座わり、早々に飲み物を頼み終わると、私は自分の爪を見つめながら、でもはっきりと、 「ごめん。好きな人ができた。」 と潤平に伝えた。 私は好きな人ができると、猪突猛進なところがある。相手に会いたくて会いたくて、気持ちを伝えたくて伝えたくて仕方なくなる。うまくいこうがいくまいがお構いなしだ。既に何度か痛い目にあっているにも拘わらず、どうにもこの衝動を止められない。 でも、今回はその前に白黒しなければならないことがあった。 潤平は何も言わずに、徐にポケットからたばこを出して、火をつけた。 私は潤平の顔も見ずに続ける。 「会社の人に前からドライブに誘われてて、ちょっと断れなくて。しょうがなく昨日行ったんだ。 でも、行ってみたらすごく気があって、話すのが楽しくて楽しくて・・・。気づいたら、終電がなくなってたの。」 ふーっと煙草の煙をゆっくりと吐き出し、 「もしかして。。。しちゃった?」 潤平の視線を感じる。おそらく私を覗き込んでいるんだろう。 「ううん。」 自分の感情の変化を、どう伝えたらいいのか。 潤平が傷つかないように言葉を選ぶというよりは、自分自身でその変化の整理をして、より正確に誠実に伝えられるように言葉を選ぶ為、しばし考える。 「話し込んでたんだけど、トイレに行きたくなって・・・。で、近くだからって芹沢係長の・・・、その会社の人の家で借りることになったの。」 「お待たせしました。生ビールのお客様は?」 居酒屋独特の明るくてよく通る声の女性が、いつの間にか私達の背後に立っていた。 「あっ、俺」 潤平が煙草を持った右手を軽く上げるのが右目の端に見える。 自分の爪ばかり見ていた私も、ふと彼女の持っている生ビールに視線をずらし、 必然的にその奥にある潤平のいつもと変わらない顔が見えた。 「食べ物のオーダーはお決まりですか?」 カンパリオレンジを私の目の前に置きながら、彼女は無駄なく訊いてくる。 「あっ、まだなんです。すみません。」 「ごゆっくりどうぞ。」 業務用とは思えない自然で爽やかな笑顔を残して、彼女は去って行った。
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