寂寥

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「ユールベル! こっち!!」  奥の席に座っていたターニャは、喫茶店に入ったユールベルを見つけると、少し腰を浮かして大きく手を振った。今まではあちこち撥ねた癖毛だったが、どういうわけかストレートヘアになっていたので、一瞬ユールベルは面食らったが、それを表情に出すことなく、呼ばれるまま彼女の前に腰を下ろす。 「ごめんね、休日に呼び出したりして」 「ううん……」  不安げにそう答えたところで、ウエイトレスが注文をとりにきたので、少し考えてレモンティを頼む。そして、運ばれてきた水に少し口をつけて、小さく息をついた。 「久しぶりね。元気だった?」  目の前のターニャは明るい笑顔を見せている。が、どことなくぎこちなく、落ち着きもなく、緊張しているように感じられた。 「何か話があるんじゃないの?」 「えっ、ああ、まあ……」  ユールベルが水を向けると、彼女は困惑して目を泳がせた。しばらく眉根を寄せて考え込んでいたが、やがて振り切るようにパッと笑顔を作った。 「ユールベルがどうしてるか気になったのも本当だから。しばらく会ってなくて、就職してからの話もほとんど聞いてなかったし、お仕事がんばってるかなーって」 「……ええ、それなりに」  彼女の不自然な明るさを疑問に思いながら、ユールベルはぽつりと答えた。 「まわりの人とか大丈夫? 変な人いない?」 「みんないい人ばかりよ」  今は--と心の中で付け加える。レイモンドのことは彼女に言ってなかったが、もう終わったことであり、あえて言う必要もないし言いたくもない。このことを言うべき相手がいるとすれば、レイモンドが次に狙いを定めているアンジェリカくらいである。 「あの先生とは仲良くしてる? ほら、えーと……」  名前を忘れてしまったようで、ターニャは斜め上に視線を向けて記憶を辿る。しかし、それがサイラスのことだというのは、ユールベルにはすぐにわかった。 「先生とはときどきは会っているけど」 「そう、良かった」  ターニャは安堵したように息をついた。彼女はなぜほとんど面識のないサイラスのことをそれほど気にするのだろうか。もやもやした気持ちになりながらも、あえて聞こうとはせず、何となくテーブルの上のグラスに視線を落とした。
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