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「また負けかぁ。サイファさん手加減なしだもんなぁ」
「手加減で勝ったところで面白くないだろう?」
チェス盤を挟んで談笑するアンソニーとサイファを眺めながら、ユールベルは唖然とした。紙切れを持つ手に、無意識に力がこもる。と、アンソニーが戸口のユールベルたちに気付いて振り向いた。
「あ、姉さん。おにいさんも一緒なんだ」
何事もなかったかのように、にこやかに笑顔を振りまく。
ユールベルの頭の中で何かが切れた。
「どういうことなの?!」
そう叫ぶと、軽くウェーブを描いた金髪と包帯をなびかせながら、部屋の中に駆け込んで行く。ソファのそばに立って睨み下ろしても、アンソニーは顔色一つ変えず、人なつこい笑みを浮かべて答える。
「僕、ここに住まわせてもらうことにしたんだ」
「どうしてそんな……!!」
ユールベルは絞り出すように言う。視界が大きく歪んだ。目に滲んだ涙が今にもこぼれ落ちそうになっている。
サイファはその様子を見て、不思議そうに尋ねる。
「アンソニー、置き手紙をしてきたんじゃなかったのか?」
「置き手紙ってこれのことかよ」
ジョシュは苛立ちながら、ユールベルの持っていた紙切れを抜き取り、乱暴に開いて前に突き出す。「さようなら」とだけ書いてある紙だ。サイファはソファから身を乗り出してそれを覗き込んだ。
「これはひどいな」
サイファは軽く苦笑しながらそう言うと、ソファに座り直し、口もとを上げて正面のアンソニーに視線を投げる。彼は小さく肩をすくめて視線を落とし、チェスの駒に指をのせた。
「心配してほしかったんだよ……最後だしね」
そう言葉を落として薄く微笑む。が、すぐにいつもの表情に戻るとジョシュに振り向いた。
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