策略

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「俺は、別にそんなこと……」 「つまり、ユールベルとは結婚できないということだ」 「…………」  ユールベルの肩に置かれた彼の手に力が入った。  サイファは膝の上で手を組み、淡々とした表情で話を続ける。 「君が気に入らないから言っているわけではないんだよ。ラグランジェ家に迎えるには一定の基準があってね。君には魔導力が不足している。最低限、アカデミー魔導全科に入学できるくらいの力はないといけない」  基準の話はユールベルも聞いたことがある。ラグランジェ家の人間は一族間でしか結婚が許されていなかったが、一年ほど前、基準さえ満たせば外部の人間であっても受け入れることにした--という話だ。溢れた涙を拭ってそっと顔を上げる。隣のジョシュは、思い詰めたように必死な表情を見せていた。 「俺は……一緒にいられるだけで……」 「君はいいかもしれないが、ユールベルにとってはそれで幸せかな?」  サイファはちらりと厳しい視線を流す。 「それ、は……」  ジョシュは苦しげに言葉を詰まらせた。ユールベルの肩から手を滑り落とすと、体の横で壊れそうなほど強く握りしめる。こぶしは小刻みに震えていた。奥歯を強く噛みしめた表情にも、悔しさとやりきれなさが滲んでいる。 「ラグランジェ家としても困るんだよ」  サイファは容赦なく畳みかける。 「同棲などという外聞の良くないことは避けてもらいたい。ラグランジェ家の品位を下げることに繋がりかねないからな。それに、ユールベルに勝手なことをされては、ラグランジェ家の若い者にも示しがつかないだろう?」 「私、出ます……」  ユールベルは体の奥底から震える声を絞り出す。 「私、ラグランジェ家を出ます。ラグランジェの名前を捨てます!」  涙の乾かないまま、まっすぐサイファに向かってそう叫んだ。隣では、ジョシュが目を丸くして、ポカンと口を開けている。けれど、ユールベルには自分の言ったことの意味くらいわかっていた。 「ユールベル、それでいいの?」  サイファは優しく問いかける。  ユールベルは硬い表情でこくりと頷いた。
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