31人が本棚に入れています
本棚に追加
「ラグランジェの名前さえなければ問題はすべて片付くもの。それに、私、以前からいつかラグランジェ家を出たいと思っていた……そのためには正当な理由がいるって聞いていたけれど、これなら認めてもらえるんでしょう?」
「ジョシュと結婚する、というのならね」
そう言われ、とっさに言葉が出てこなかった。ユールベルとしては、一緒に暮らすことを考えていたのだが、結婚でないと正当な理由にならないのだろうか。
サイファは感情のない声を重ねる。
「ラグランジェ家を出るために、彼を利用しているだけなのか?」
「違うわ! 好きだから……好きだから、一緒にいたいの……」
ユールベルは、慎重に、噛みしめるように言葉を紡ぐ。そして、表情を引き締めてサイファを見据えた。
「彼と、結婚するわ」
ジョシュは驚いて大きく目を見張った。しかし、すぐにそれは嬉しそうな表情に変わる。その屈託のなさに、ユールベルの胸は小さく疼いた。彼が好きだというのは嘘ではない。好きだからこそ、怖くなって逃げだそうとした。終わらせようとした。そんな自分が、今さらこんなことを言う資格はあるのだろうか。あまりにも都合が良すぎるのではないだろうか--。
「ラウルのことは吹っ切れたのか?」
「……大丈夫よ」
その名を聞かされて、一瞬ドキリとしたが、すぐに気持ちを落ち着けて答える。強く断言するだけの自信はなかったが、ジョシュがいてくれるなら、おそらくもう心を乱されることはないだろうと思えるようになっていた。
「随分と簡単だね」
サイファは無表情で言う。けれど、ユールベルは引かなかった。
「簡単じゃなかったこと、おじさまなら知っているはずです。いくら縋っても私を見てくれなくて、拒絶されて、それでもずっと諦めきれなかった。そんな私の気持ちを融かしてくれたのがジョシュだったの。逃げ込める場所じゃなくて、一緒に過ごす時間が欲しいと思えるようになったの。一緒に生きていくのなら、私はジョシュがいい」
半ばむきになって、懸命に訴えかける。
サイファはふっと笑った。
最初のコメントを投稿しよう!