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「ボールとってくださーい」
背後から聞こえた声に、俺は自転車を降りてゆっくりと振り返る。
足元にはサッカーボール。
声の主の物だろう。
俺はそれを拾い上げ、笑顔を作り、駆け寄ってくる小学生の集団を迎えた。
「ありがとうございま……ひぃっ!」
近づいてきた小学生が思い切り悲鳴を上げる。
そうだよな。ああ、そうだろうな。
「ほらよ」
俺は敢えてぶっきらぼうに、ボールを投げ返してやる。
小学生たちは礼も言わずに走り去っていった。
まあね、分かってたよ。分かってた。
俺がいくらスマイルを披露したところで、この生まれ持った容姿をごまかすことはできないんだって。
分かってたけど、けっこうキツイよな。
誰にも聞こえないように小さくため息をこぼし、向き直る。
自転車にまたがろうとして止め、押しながら人通りの少ない路地裏へと入る。
ボールを拾い上げた時に胸ポケットから飛び出した生徒手帳が、今さらになって地面に落ちる。
そこに記されている名前は、泉岳寺(せんがくじ)シノブ。
――悪名高き、俺の名だ。
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