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「私……行ってくる」
アスミが決意したように言い放つ。
そしてゆっくりと俺に向き直った。
「泉岳寺君……。ごめんね。自転車は裏手に止めてあるから、気付かれない内に帰って。……それじゃ!」
そう言い残し、アスミが駆け出していく。
「ま、待て! 私も行くぞ!」
それを追って、博士も部屋を飛び出す。
けったいな研究室に残されたのは、俺とヘミナだけになった。
これ以上、長居する理由はないな。
「……じゃ、俺は帰らせてもらうぜ」
俺は脇に置かれていたカバンを手に取り、アスミ達が出て行った扉と逆方向にある扉へと歩き出す。
そんな俺の裾を掴む手があった。ヘミナだ。
「……お願いです。帰らないで下さい。アスミさんを守って下さい」
「なんだよ。そんなにまでして、こんな茶番に巻き込みたいのか」
俺はため息をこぼしながら言う。
しかしヘミナは、なおも言葉を続けた。
「……アスミ様は気が弱くて、恥ずかしがり屋で、優しくて、ドレスイレイズバトルなんかができる方では無いのです」
「知らねえよ、そんなの。だったらやらなければいいだけの話だ。それともお前ら、あの与太話を信じてアスミを無理やり戦わせてんのか? 欲しいのは金か、名誉か、不老不死か……どのみちくだらねえ話だ」
「……お母様のためなのです」
「……は?」
「……アスミ様のお母様は、幼いアスミ様を通り魔からかばって亡くなったのです。アスミ様は今でも、その罪悪感を背負って生きています。あなたの言う通りくだらない与太話に願いを託して慣れない戦いに赴いているのは、お母様を生き返らせるためなのです」
俺の裾を掴みながら放たれたヘミナの言葉は、抑揚の無い事務的なもの。
しかし、そこには確かな感情が込められているような気がした。
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