知らないキス

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「梅雨、まだ明けないんですかね。洗濯物がなかなか乾かなくて」 「そうね。でもそろそろ梅雨明けなんじゃない?」 「真咲先輩、なんか顔緩んでますよ?」 「え? あ、そうかな?」 後輩マネージャーの木村にそういわれて両手で頬を覆ってみる。 先輩が帰ってくる。 そんな予定が決まっただけでじめじめした梅雨だってニコニコ気分は浮かれてしまって、手から自分の頬の熱を感じてしまう。 だからパチンと軽く両頬を叩いて。 「と、とりあえず! ゼッケンはすぐに乾くから部室の中でも大丈夫。あ、ドリンクの用意しないと!! それから――」 「先輩、ストップウォッチは?」 「あ、そこの棚に――」 いつも以上に働いて。 コートを見れば汗をリストバンドで拭いながら走りぬける部員達。 去年、いつもコートに響いていた声はここにはない。 「リバンッ! 当たり負けんな!!」 変わりに聞こえるのはアキの声。 別にアキが悪いわけでも他の部員たちがダメなわけでもない。 だけど、あの時感じた変な安心感と言うものが感じられない。 『勝つよ』 彼がそう言うだけで心が軽くなるのを感じたのに、そう言ってくれる人はここには居ない。 今はいつもどんな試合だって綱渡りで、地区大会でさえほとんど辛うじて勝てたような試合ばかりで――。 「ダメ」 そう言って頭を振って頬を叩いた。 もう少ししたら、県大会が始まるのだから――。
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